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歴史写真館・写真で綴る一高の歴史  明治中期
 明治19(1886)年〜明治27(1894)年

□ 第一高等中学校(明治中期)

第一高等中学校の正門 第一高等中学校の正門

明治19年東京大学予備門を第一高等中学校と改称。
本郷時代、正門 本郷時代、正門

明治22年本郷向ヶ岡の新校舎に移転してから、大正時代を経て、 昭和10年9月駒場に移転してゆくまでを「本郷時代」とする。
あこがれの時計台 あこがれの時計台

正面から見た時計台のある本館。 当時はまだ電車は通らず、緑濃く静かで春には桜が爛漫と咲き乱れた。
橄欖植樹 橄欖植樹

本館の玄関前には校樹の橄欖(かんらん)が植えられた。 なお、この樹は橄欖ではなくブナ科のスタジイ(スダジイ)で、東大農学部正門の奥に現存している。
護國旗 護國旗

明治22年、校旗として護國旗を制定。真紅の生地に白線2本、 金の刺繍の柏と橄欖で國の字を抱えている。
木下廣次校長 木下廣次校長

明治21年、一高教頭(兼法科大学教授)、 明治22年、校長に就任。明治26年まで在職。
四綱領 四綱領

明治23年、木下廣次校長が自治を許す旨の訓示の中で示した自治寮運営の指針。 自重、親愛、辞譲、清潔の4綱領を目指す「寄宿寮規程」を制定。 これは寄宿寮に「自治」を与えるもので、当時の教育環境において画期的なものであった。
赤沼金三郎 赤沼金三郎

木下廣次校長の提言を受けて一高自治寮の創設に尽力。 明治23年自治寮発足とともに寮委員に推され、自治寮の基礎を築いた。
東西南北四寮・南寮 東西南北四寮

明治23年、3月に東西2寮、9月に南北2寮が開設。写真は南寮全景。
東西南北四寮・北寮 東西南北四

明治23年、3月に東西2寮、9月に南北2寮が開設。写真は北寮全景。
内村鑑三・不敬事件 内村鑑三・不敬事件

明治24年、第一高等中学校の拝戴式で教官内村鑑三は不敬事件を起こし、 非難され辞職した。内村鑑三とその原稿。
本郷界隈 本郷界隈

女子高等師範学校をへだてて本郷の台地を望む。 明治24年、ニコライ堂建設の足場から写した珍しい写真。
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