1.正副護國旗の寸法 護國旗の副旗は、「殆んど同じ――威厳がいくらか劣るように思える」(森繁雄氏)程度に考えられているが、 正確に採寸すると大きさも形も図1のように随分違っている。 日章旗などと比較すると、ともにかなり正方形に近いものの、縦横をcmで計ると、 副旗は86×100.5と横長であるのに対し、 正旗は、驚いたことに 121×115.5 と縦長の、旗としては非常に珍しい形になっている。 面積を比べるとcm2 で 副旗86 に対し正旗140 と 3:5 に近い差があるから 「威厳がいくらか劣る」 のも当然であろう。 旗には、識別などの目的に使われる実用的なものと、尊崇の対象ともなるような儀礼的なものとがある。 前者は縦横の比率が定められている程度なのに対し、 後者はその固有性から寸法その他の細部が正確に定められている。 旗を用いる敬礼は、旗手が旗竿を水平に倒して行う(註1)(写真1)から、 旗端が地面に付かないようにするため、横幅の長さに限界がある。 正旗の横幅は限界といってよく、このため縦長の変則的な形になったのであろう。 副旗は、歩兵聯隊旗とほぼ同じく、1m と短くなっている(図2)。 この大きい正旗を捧持して本郷から駒場まで行進した小田村寅二郎委員長の消耗は察するに余りある(写真1)。事実、同委員長の母堂は、体調が余りよくなかった子息の大任を心配し、 道筋何箇所かを先回りして子息を見守ったという(浜口正夫氏 談)。 (註1) 「旗の敬礼は・・・捧持用バンドを使用して捧持している旗は、 右手をのばし旗ざおを水平に前方に倒して行なう。」(「自衛隊の礼式に関する訓令」第51条)。 ![]() ![]() 2.護國旗(正旗)収納箱の柏葉装飾 護國旗の収納箱は、非常に立派な大きい木の箱で、 鍵穴と隅とに柏葉橄欖の装飾金具が付いている(写真2)。 護國旗が制定された明治22年の一中帽章には橄欖の実がないのに、 この鍵穴の金具には四方にある各3枚の橄欖の根元に各3個の、 中央の葉の左右に各1個の実がついており、一高帽章とよく似ている。 中央の橄欖葉とその左右の実だけを残せば一高帽章になる。 一高帽章の制定に何等かの関わりがあるのではなかろうか(図3)。 ![]() ![]() 3.一高南洋旅行隊隊旗 柏葉旗に描かれた柏葉章は千差万別であるが、この柏葉章はとくに美しい(と私は思う)。 一高南洋旅行隊隊旗(写真3)は、昭和5年4月から5月にかけて約40日間、 一高生11名がサイパン、ヤップ、パラオを「視察調査を遂げ南洋進出の精神を發揚するを目的として」 旅行した折に携行したものである(註2)。 (註 2) この旗について隊員の一人は、次のように書いている。 「私は今私達と南航を共にし椰子の葉蔭に又貿易風通ふ南海に絶えず無言の啓示として 私達の士気を鼓舞し激勵して呉れた隊旗を手にとる。 旗は白地の柏葉旗に墨痕淋漓 『一高南洋旅行隊』 と染めぬいたもので南海の潮に洗はれた跡も歴然と殘ってゐる・・・」 (稻垣克彦 「一高南洋旅行隊記」『一高同窓會會報』 第拾參號、昭和5年6月26日)。 この柏葉章から作図したもの若干を紹介する(図4)。 ![]()
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